ヴェロニカ・ジンジャーは、伝統ある女子寄宿学校・ウィコムアビースクールの四学年だった。ヴォニーとみんなからは呼ばれている、薄いバーントシェンナの髪色をした娘で、固い書物よりもぬくもりあるベッド(さまざまな意味を含める)を求めるような生徒だ。彼女の家は銀行と深い関わりがあったから、およそ苦労をしらない娘だった。そして、苦労を知らないことが、彼女にたくさんの不孝事をはたらかせた。淑女、の肩書きはおおよそ彼女に似つかわしくなく、四学年になって最も嬉しかったことは、講義のあとの街への出歩きに許可が必要なくなったことだった。そしてもっともな話ではあるが、パブリックスクールというものは、別校であるならば、基本的に異性の出入りは固く禁じられている。
ここまでいえば、彼女がどんな人物であるのかは、おおよそ理解できることだろう。
しかし珍しいこともあったもので、その一週間、彼女は外泊はおろか外出さえもしなかった。
というのも、する必要がなかったのである。彼女がその一週間ですべきこと、それは、自分のベッドに誰のぬくもりを持ち込むか、品定めすることだったから。
ウィコムアビーの門扉が、「交流会」の名の下に異性を迎え入れたのである。
* * *
彼女が狙いをつけたのは、ゆるく癖づいたバーガンディ色の髪を、背伸びしたみたいにたくしあげている男子学生だった。他にも二人、体格の良い学生がいたが、おそらくそれらは彼の先輩にあたるのだとヴォニーはふんでいた。なぜなら、赤い彼が一番、女に興味がなさそうだったから。見れば彼は話をきりよくまとめあげ、時には先輩に向けて微笑み、ウィコムアビーの建物を興味深そうに眺めていた。ヴォニーはしばらく、かなりしばらく、こめかみに穴が開くほど彼を見つめていたのだが、全くといっていいほど視線は交わらなかった。彼女が彼を品物として見定めた理由は特にない。目についたのだ。強いていうのであれば、髪が、やわらかそうだったからだ。それに、赤毛だった。彼女にとって、自分の赤毛はよい思い出の象徴からはかけ離れていた。それなのにあんなに堂々としている人物というのは、この国では物珍しさが尾を引いたのだった。ロナルド・ウィーズリーは、愚か者の代名詞だったから。
そんな彼は一週間ほど、交流会の準備のために校内へ通っていた。見立て通り、交流会の進行役として派遣された生徒の中では最も幼かったらしい。先輩たちの後ろを、同じ歩幅で几帳面に歩いている。ヴォニーはまだ諦めていなかった。同じキルトにあの赤毛を招き入れたら、どんなふうにあたためてくれるのだろうと思っていた。
なにより、初めて彼をみつけた翌日、目がからんだという事実が彼女の闘争心に火をつけたのだ。彼はアイスブルーにクリームソーダを数滴溶かしたみたいな目の色をしていた。燃える火よりも、堅牢な煉瓦に近しい髪の中に、そんな飴玉みたいなものがあるのを見つけたら、きっと楽しいにきまってる。それに、彼女は見たのだ。その砂糖菓子がすこしだけ、こちらを見つめて微笑んだのを。
* * *
結論から言うと、彼女の作戦は無事に遂行され、そして成功した。
彼は思っていたよりも、なんというか、言葉を選ばずに言うのなら、とても”うぶ”で、ヴォニーが体に触れるたび、戸惑いながらも目を伏せていた。なんだ、とすこし肩をすかされたような気分になっていたけれど、彼が絶対に「やめろ」と言わないのが、彼女にとってはおもしろかった。もう少し困らせてみたらどうなるだろう、という気持ちが、時間を長引かせていった。そうして針が二つに重なる時刻になろう頃合いで、あろうことか彼は——眠ってしまった。倒れ込むように。やることだけやっておいて、後始末はまあともかく、腕に眠らせてくれることすらも?ヴォニーは少し苛立った。だけれど、かきわけた髪の向こう、閉じた瞼の向こうに、あの飴玉が残っていることはよく知っていたから、「もう」と悪態をつくだけついて、隣で一緒に眠ってしまった。あの目をもう一度見れたなら許しても良いと思っていたから。
そうして起きた。
昨夜のクラブの光は寮の起床時間に慣らされた瞳には容赦なく刺さり、ヴォニーは重たいからだをやっとの思いで持ち上げた。身分を偽ってホテルに泊まることは一度や二度ではなかった。どうせ、このホテルにも同じような一夜限りの夢をみた者がいるだろう。チェックアウトのタイミングをよくよく見計らって、ウィコムアビーへと帰らなくてはならないな、とヴォニーは思った。
そうして振り返った。
はたと気づく。
彼女のベッドはもぬけの殻になっていて、煉瓦のように冷たいということに。
スマートフォンを、尖った爪でタップしていく。「ジャック」のアイコンへ、なんてことはない、起床を告げる猫のスタンプを送りつける。
返事はなかった。
既読になっていなかったからじゃない。
遮断されていたから。
ブロックされていたから。
縁を切られてしまったからだ。
彼女はスマートフォンをベッドに投げた。それからというもの、彼女はクリームソーダもチャイナブルーも飲まなくなったのだった。
* * *
ヴェロニカ・ジンジャーは、伝統ある女子寄宿学校・ウィコムアビースクールの六学年だ。
ヴォニーとみんなからは呼ばれている、薄いバーントシェンナの髪色を、真っ黒に染め潰した娘で、嫌いな飲み物はチャイナブルーとクリームソーダだ。彼女の家は銀行と深い関わりがあったから、今は親と同じ道を進むために、日々固い書物に向き合うことに励んでいた。
「ヴォニー、おはよ〜、今日もはやいねえ」
「エリー、おはよ。あら、いい匂い」
「わるいね〜、安物のコーヒーでさ」
「ううん。エリザのコーヒーが一番おいしいわ」
同室のエリーザベトは気立の良いブロンドの社長令嬢で、毎朝こうしてコーヒーをいれてくれていた。それは彼女たちのルーティンであって、両者の間に同情や倹約の意図はない。コーヒーを飲みながら、エリザは新聞を読み、ヴォニーは経済を学び、互いに今朝の知恵の収穫を報告しあっていた。これはお互いにとって非常にメリットがあることだった。要約の研鑽も兼ねていたからだ。
「それじゃ、発表しよっか」
「うん、今日はエリザからお願いできる?」
「いいわ」
黄金の髪をひとまとめにしながら、下着姿の女はあくびをした。新聞をぱさりと机になげる。
「イギリス貴族の子爵のひとつ、エヴァンスの家がお葬式するんですって」
「へえ」
「息子さんが亡くなったらしいんだけど、もともと廃嫡してた息子さんだったようなの」
「うんうん。……厄介払いしてたってところ?」
「さあ?大事なのは、そのお家が今後建て直すのは大変よねって話」
「そうね、跡取りはどうなっちゃうのかしら」
「それが息子は双子だったから、問題なく後継はいるらしいのよね」
「あらあら。そうとう社会の視線は痛そうだわ。彼が廃嫡されてる御子息を疎んでるかもなんてスキャンダラス、あたしがつけちゃおうかしら」
「ご明察。もうついてるの、その尾ひれ」
「やっぱりね」
「そのエヴァンス家は、ホテルとか、観光業とかしてるみたいなのよね」
「投資貴族か。なおのことしんどいでしょうね」
「ね。やることいっぱいのお家のご様子だけど、亡くなった息子さんのご親友をお家に招いてお葬式されたりと。庶民の心を掴むのはどうもお上手みたい」
「ふうん。覚えておくわ。うちの高利貸しの候補にしてもいいかも」
「こんな人みたいよ」
ヴェロニカ・ジンジャーは、デヴォンには二度といかないと語った。
