ひそまった足音が近づいてくる。未だ残る習性なのか、耳は忍ぶものを確かに捉え、目は鋭く開いた。呼吸を止め、闇に体を溶かして立ちあがろうとしたその時。床材が一度だけ軋んだ。扉の向こうから、息を呑むものと、飼い犬の甲高いねだり声、それから慌てた衣擦れがして、すぐに動きの主が分かったユダは、笑みをうかべて微睡の中に戻った。
泊まるとは聞いていなかったし、許可を出した覚えもない。ただ、職場を後にする時の、彼の複雑に歪んだ口元が、今夜のユダの家の鍵を、開けたままにさせていた。ちらりと携帯を見れば画面は何度も点滅している──面倒に思ったので取らなかった。ともかく、きっと今この家は、しっかりと施錠されているだろう。ユダは何の心配をすることもなかった。
寝室の扉がこそこそと開き、いそいそと閉じられる。男は、ひとこいしさか心細さか、あるいはその二つの蝋燭を持ったまま立ち入って、ベッド脇に座り込んだ。侵入者──カイザーが、小声でただひとこと、「不用心」とだけ呟いた。
「ほんとにきた」
乾いた声で返事をしながら、喉の奥で力なく笑う。
「分かってたの〜?」
「わかるよ」
ユダは壁に向かって寝返りをうつ。シングルベッドの半分以下。ひとり分には少し狭い空間が開く。家主厳選のブランケットを捲り切ることはせず、上機嫌に、のたのたと潜り込む。常よりすこしだけ低い温度のマットレスが心地よい。ユダはすぐにカイザーの抱き枕になった。首を近づけて、触れ合う箇所がふえていく。覆い被さるように腕が回った時、腕に脚に抗議がかかった。
「何」
「おん……もい、てか、あつい……」
上半身をおこし、ユダは目を擦った。光のない部屋にも眩しさを思うのはなぜなのか。それでも横たわる男の位置を誤らず、その上にユダは遠慮なくうつ伏せた。
「こっちにしろ」
言うなり、またユダは瞼をおろす。
「ん」
上下する自身の胸の上に寝そべって、真横に項垂れた頭から、深い寝息だけが返事をしている。そうっと両腕を回してみても、もう悪態は聞こえない。カイザーはすっかりあたたかくなって、ぎゅうっと再び枕を抱きしめた。ふわふわと動く青黒い髪を、乱暴に撫でていく掌を感じながら、ゆっくりゆっくり眠りについた。
ふたりはその日、何の夢もみなかった。
