Joy To The World

 クリスマスになると、冷たいゆびを思い出す。芯のある陶器のような肌に、最初はただ熱を与えたかった。幾年を経て、背丈が大きくなると、これが彼女の生なのだと理解できた。理由なくつららの手に触れることができる、またとない機会だったから、丁寧に包装されたプレゼントを受け取る時は少しだけ緊張したものだ。中身は、テディベアだとか、カートイだったりとか、蓄音機だったりした。正直裕福な育ちとはかけ離れた成長を遂げていたから、どれもぴんとこなかった。ただ、このぬいぐるみを買った時の彼女の顔が気になるばかりだった。きっと、あんなに着飾った爪ではこんな風に包めない。それでも、名前を呼んで、微笑んで差し出す愛情だけは本物だったのだろう。どんなに氷の温度をしていても。

 クリスマスに大きなチキンをみんなで囲む風習が、本当に存在すると知ったのは、潜入が成功してからだった。おれは泥みたいな珈琲を啜りながら、室内に充満する香草の匂いが鼻腔をぬけていくのを感じていた。銘々がアルコールに浸り、めちゃくちゃな手順でラッピングを破りあけている。酒気をおびて薄ら赤い頬はそのまま体温のたかさを伝えていて、まるで触れる気にならなかった。倣うまでには至らなかったが、もらえるものは頂戴したい。紙をめくる間にとカップをテーブルのどこかに置いたのだが、もう人の往来取り合いで迷子になってしまっていた。それでも、視線を贈り物に戻せば、いつだったかに値札を見てからまあいいかと手を止めた挽き豆だったので、存外よく見られているのだと思った。振り返ると、どこかしたり顔の彼と目が合った。その時はじめて、あの女から贈り物を受けとるときの緊張を思い出した。そうか、おれは確かに嬉しかったんだ。
 ひとり騒がしさの中で気づきを得ていると、「おまえのはどれだ」と誰かが肩を叩いたから、その大きいやつ、と指をさす。少し歓声があがった。店員がまいた鮮やかなおくりものは遠慮なく裂かれ、ただの紙切れになっていく。厚手のブランケットが顔を覗かせた時、また誰かが「ドーベルマンの刺繍だ」と囃し立てた。何か面白いのかしらないが、泥酔したものは防寒具が宙を舞うだけで大喜びして、あっという間に次はどれだと話題は移り変わっていった。
「いいプレゼントじゃないか」
「びっくりした」
 気がつけばアルフレッドはすぐ隣に立っていて、おれの手の中にある珈琲豆の入った袋を弄んだ。
「気が効くじゃん、アルも」
「まあ……、お世話に、なってるしな。おまえの」
「あっ。そういう下心だったわけえ」
「淹れてくれないのか」
 何気ない会話に引かれ戻っていってしまう爪先が、素肌をかすめていった。ぬるい温度をもっている。部屋があたたかいからか。
「しょうがないの」
 抜け出す二人分の足音は、談笑のうわついた空気が消し去ってくれていた。

 クリスマスに意趣返しをしたくなったのは、いつもより珈琲がうまい気がしたからだった。視線を感じとれなかったことを本来悔いるべきなのだろうが、どこかその居心地の悪さが惜しい気もした。そうは言っても──何を贈るのが正解なんだ。綱渡りをしながらこんなことに心を賭けておいて、正解も間違いもあるのだろうか。自嘲を鼻息にのせながら、マーケットを散策する。アルフレッドの好きなものを念頭に置きながら視線をとばす。
 まだ持っていない本だろうか。この間は、新聞の隅で掲載されてる連続小説を単行本にする試みもあるとかで、話題が弾んだ。よく寝てるから枕とか?でもあいつ、普段はそんなに眠れないとか言ってたな。あんなに人の肩を使っておいて本当だろうか。あとはシェリーと踊るのも好きだし、靴なんかもいいのかも知れない。サイズまで知らないから型をみるだけになりそうだが。それから、そうだ、この指輪は色までついて随分と洒落てる。こういうものが好きなのか?
 
 街は聖夜を前にして、いつもより白い息の数を多く感じられた。市に近いところまで歩いて、何も決まらないまま青果店で足を止める。りんごを指さすと、男は無口に1本指を立てている。プレゼントを選びに来ただけだったから、自分の出自を忘れていた。オーケー、とコインを指で弾いて渡し、十ドルをポケットから出す。男店主はコインを両手で器用に捕まえて、興が乗ったのか、「表だ」と笑う。
「じゃあおれは裏」
 そうっと店主が手をひらく。舌打ちが返答となって、おれは笑顔でその店をさった。ついでに、オマケをいただいて。結局何かを見下しているものは、読みやすいから助かるのだ。

 路地を縫うように店の並びを離れる。靴音が、ふたつ、みっつ。面倒だなと思いながら歩幅を広げた。音の感覚が短い──子供だ。面倒だと思った。自分にも覚えがあるが、幼さはコントロールの効くものではない。躾がなっている犬ならともかく、野に放たれているものは平気な顔で足を踏み外す。大方、おれが奪われなかった十ドルぽっちかそこらのためにこうして足を速めているのだろう。がらんどうの窓ガラスに視線だけむけると、案の定だった。随分と、身なりがよくなったものだと、自分でも思った。艶のある革靴には何本も釘が刺さってることを知ってる。ブルーのスーツは自分の身丈を測ってもらっているし、風呂にもいつだって入れる。髪だって──そこで、首に下がる銀色の輪が反射してようやく、「ああ」と声が出た。おれは紙幣なんかよりずっとわかりやすいものを見せびらかしていたのだ。そういうことなら、おれが悪い。
 体を勢いよく反転させると、ふたりの子供は怯み、それでも食い下がれずといった顔つきでこちらを見た。十ドルの紙幣を投げ捨てると、ひとりがあっと声をあげた。冷静なもうひとりは、おい、と片方を嗜めたが、それだけでもうよかった。あとは間を割くように一気に走り抜けた。手鏡の中に何もうつらないことを確認して、雑踏の中へと帰ることにした。鏡に映ったおれの顔は、プレゼントを決めた顔をしていた。もちろん、もう決まっていた。

「チョコレート?」
「そお。懐かしい?」
「確かに、見覚えがあるような」
「でしょ」
「珈琲に合うとか?」
「ああ、そういうことにしておけばよかったか」
「なに?」
「はは……、それはね、そのチョコは……ええと」
「なんだよ」
「むかしそのチョコを好きなガキがいて」
「何の冒頭だよ。うん」
 壁の向こうで、賑やかな歌声が響いている。悪魔のひとやをうちくだきて、とりこをはなつと、主はきませり。おおよそマフィアなんかに似つかわしくない詞だ。アルはやすっぽいプリントが施された銀色の包み紙を、ころころと手のひらのなかでまわしながら、おれのこえを聞き分けていた。
「そいつが、ちいさいときに、もらっていちばん嬉しかったものなんだって」
 この勢いで、もう一個あるよ、が、喉から出てくるはずだった。左手にチョコレートが一つ残っている。分け合おう。うまく声にならないまま、沈黙が過ぎていく。
 変だ。アルはどうして何も言わないでいるんだ?まるい頭が暖炉の前でしゃがんでいる。こなれた様子で炭をかいて、マッチを投げ入れた。部屋に色がついて、随分と顔色がよくみえた。手招きをするアルが、準備よく右腕にクッションをかき抱き始めるのにつられて、隣に座り込んだ。熱された空気が頬をやさしくなでていく。
「ありがとう」
 いたずらっぽい顔で、おれの左手からチョコレートをうばっていった。そんなアルの手があんまりにも暖かくて、おれの手はこんなに冷たかっただろうかと不思議に思った。
 もしかして、彼女もそうだったのだろうか。おれのゆびの熱が、陶器の指を溶かすのではないかと不安にもなったものだが、そうではなかったのではないか。
「2個あるんだから、一緒に食べよって言ってよん」
「最初からそう言えばいいのに」
 アルが火かき棒を手持ち無沙汰に動かしながら、ゆれる火を見つめている。「つづきは?」とねだる声を皮切りに、なんてことのない幼少期の思い出を話し始める。お世辞にも美しいと言えない讃美歌を、二人で分かち合おう。